Wednesday, May 09, 2007

 

以心伝心



私は会社の中でのPublic Spaceが汚いのが何よりも嫌いである。理由はいたって簡単。不愉快、ただその一言。

こういう場面を想像してください。あなたが高級レストランに行ったとします。そこでの食べ物とサービスが最高ですっかりいい気分になっている中でレストランのトイレに行ったとします。トイレに向かっている間、きっとトイレもゴージャスなんだろうなぁと想像しながら行ったら...なんとトイレからは悪臭が漂い、トイレットペーパーもペーパータオルもなく、流しは水浸し...そんな場面に遭遇したら、あなただったら一気に不愉快になるでしょう。それとほぼ同じに、そのレストランに対し見えるところだけきれいにし、見えないところはくさいものにふたをする状態で不信感を感じるのではないだろうか?出された料理は大丈夫だったのだろうか?そこまで行っちゃうのではないかと思う。

これは何もレストランに限らず、会社でも同じこと。どんなにオフィスをきれいにしても、会社の状況を見る上でこのPublic Spaceがどうかというのがキーポイントになってくると思う。まず、マネージメントの体制。どんなにきれいごとを言っても、一従業員としてその現場を目の当たりにして不愉快な点を即改善しようと思わないのは、大事なときに決断力がないと換言できないだろうか?私があえて一従業員としてと言ったのは、自分は役職が高いから、こんなことは私の仕事じゃないとおごり高ぶり無視するようでは大事なときに責任転嫁を企てる可能性をこういう人たちの中に秘めていると思う。だからたかがPublic Spaceかもしれないが、この場所いかんによって会社の状況が読めてしまうから、おろそかには出来ないのである。

次に従業員の件。人間不愉快ならば、他の人も不愉快にさせるし、愉快ならば、他の人も愉快にさせる。つまり、自分の思いが波及するということ。チームワークというのは仕事うんぬんを言う前にこういう身近な誰にでもできる行動から築き上げていくものだと私は思う。人を愉快にし、いいチームワークを築き上げれば、それは何も一会社内にとどまらず、その会社とビジネスをした他の会社に、またその他の会社から違う会社に、いや何も会社という枠にとらわれず、他の社会共同体に波及しみんなが幸せになれるのではないかと思う。その一歩という意味でもこのPublic Spaceの状況がいかに大事か...よく考えてもらいたい。

私は前の会社でも今の会社でもこのことを常に意識しながら、時間を見つけてLunchroomをきれいにしてきた。心理学上、人というのはピカピカなきれいな場所に行くと汚さないようにしようという心理が働くらしい。しかし残念ながら、前の会社ではいくらきれいにしても汚すばかり。それでもまだ、私のきれいにしようという努力が足りないのだと思い、今までにもましてきれいにしてきたが、8年間の努力も報われず、改善の余地が全くなかった。ところがである。今の会社に入った頃はそれほどきれいではなかったのだが、私が毎日きれいにしていたら、1年もしないうちに従業員の意識が変化し始めた。私が率先してきれいにしなくても、ひとりひとりがきれいにしようと動くようになり、今のLunchroomはとてもきれいである。

私が8年かけて通じなかった思いが新しい場所では1年もしないうちに通じるようになった。あまりこういうことは言いたくないが...ここまで行動に差が出ると従業員の質の違いか...と思いたくもなる。ではビジネスの状況はどうか...ノーコメントとしておこう。それは言われなくても、働いている1人1人がよく分かっていることだろうから。

ただひとつ言えることは現状がどうであれ、今後、どういうアクションをおこせるか。それが大事であり、大いなる一歩となることであろう。

Comments:
強く納得です。 
キレイにしてもキレイにしても、、、、。

どうして? なんで?

そっか、Shutoku さんは8年も頑張ってキレイにしようとしていたのね。
その志、引き継がせて頂くわ~。
 
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